農業の未来を障がい者とともに―株式会社しんやさい

 仕事や生活に行き詰まったとき、土に触れたり体を動かしたりすると、不思議と気持ちが和らぐことがある。
 そんな「農の力」を活かし、障がいのある人や働きづらさを抱える人が自分のペースで成長できる場をつくっているのが株式会社しんやさいだ。失敗や遠回りも受け止めながら、それぞれの得意を活かして働ける場を整えてきた。
 こうした取り組みは「農福連携」と呼ばれ、農業の人手不足と福祉の就労課題を同時に解決するものとして全国に広がっている。なかでも、しんやさいは二〇二三年に農福連携等応援コンソーシアム主催「ノウフク・アワード」で優秀賞を受賞し、注目を集めている。

石𥔎 信也 (いしざき しんや)
株式会社しんやさい 代表取締役
1977年11月23日生まれ。
18歳の時から16年務めた警備会社を辞めて農業を仕事にする事を決心する。
2017年4月1日、しんやさい京都を設立。
2018年9月、障がいのあった山部さんが入社。農福連携の手ごたえを感じる。
2022年4月1日、しんやさい京都を法人化、株式会社しんやさい、を設立。
2023年、ノウフク・アワード優秀賞受賞。
同年、障害者雇用優良事業所知事表彰。
2025年現在、農福連携による学びと助け合いの場、「アートアグリーアカデミー」構想を立てる。

農業経営も障がい者雇用もゼロからのスタート

一大決心への身内の反対、仲間との気持ちのすれ違い。苦い経験も糧に模索を続ける。

 元々は警備会社で働いていた石﨑さん。高校卒業後から一六年間在籍し、営業部長まで昇進した。そんななか農業と出会ったきっかけは結婚だった。妻は四代続く米農家の三人姉妹の長女。「これ、誰かが継がなあかんのちゃうかな」。毎年田植えや稲刈りの季節には手伝いに行っていて、そういった体を使う仕事に喜びを感じていた石﨑さんは、人知れず跡継ぎになる決意をした。そして、思い切って警備会社を退職。京都府立農業大学校で三ヶ月の社会人コースを受け、満を持して妻の実家に決意を伝えた。
 当初は「農業を継ぐ」と言えば喜ばれるだろうと信じて疑わなかった。ところが義父の反応はまさかの大反対。夫婦での苦労を知っていたからこそ、娘夫婦に同じ思いをさせたくなかったのだ。しかも「この先は規模を縮小するから、給料は渡せない」と現実を突きつけられた。
 それでも石﨑さんの気持ちは揺るがなかった。農業を学ぶ道を探し、京都テルサのジョブパークに足を運ぶ。そこで久御山の農業法人を紹介され、四年間の修行が始まった。ここでは九条ネギを中心に様々な野菜の栽培や法人経営のノウハウをのびのびと学ぶことができた。その後、京都市から農地を紹介され、二〇一七年四月に自営業として「しんやさい京都」を創業。二〇二二年には法人化し、現在の「株式会社しんやさい」を設立した。

 しんやさい京都を始めた二〇一七年、そして翌一八年、連続して大きな台風被害を受けた。農地は荒れ、せっかく育っていた農作物は売り物にならなくなった。復旧作業を前に「一人では到底やりきれない」と痛感。そこで声をかけたのが、農業法人での修行時代の同僚だった。彼は知的障害と適応障害があり療育手帳を持っていて、当時すでに他のA型事業所に移っていた。台風被害以前から時々手伝いに来てもらっていたが、今後の忙しさを見越して正式に迎え入れた。これが初めての障がい者雇用だった。
 ところが気心の知れた仲ゆえに、配慮や線引きが曖昧になってしまい、彼ができないことを石﨑さんが頭ごなしに注意することもあった。やがて気持ちがすれ違い、彼は半年で退職。障がい者雇用の知識がなかった石﨑さんにとって苦い経験だったが、今もその思いが戒めとして心に残り、現在の雇用のあり方を支えている。

野菜づくりを通して広がる可能性

ほんの小さな配慮でも当事者には大きな支え。その人の「特殊能力」の活かし方に目を向け、しんやさいらしい農福連携のカタチを描く。

 障がい者雇用で二人目に迎え入れたのが、現在もしんやさいで働く山部さんだ。彼女は自閉スペクトラム症の特性がある。元々はB型事業所に通っており、農業で働きたいという希望から、事業所のサービス管理責任者さんと共にしんやさいを訪れた。石崎さんは、体力や体調に一〇〇パーセントの自信がなかった山部さんに配慮して、週一回半日勤務のアルバイトからスタートすることにした。石﨑さんは「一回失敗してるので、どんな配慮をしたらいいのか手探りで色々相談しながらスタートしましたね」と当時のことを振り返る。中でも特に印象に残っているやりとりがある。一時間作業をして「一回休憩しようか」と声をかけたところ、山部さんから「過集中してしまうので、声をかけてもらって助かります」と感謝されたことだ。
 山部さんは、「ここには、自分の体調や困りごとを素直に伝えられる安心感がありました。しんどいときにSOSを出しても大丈夫だと思えたことが、長く続けられた理由の一つです」と振り返る。
 一見「こんな些細なことか」と思えるような一言でも、当事者は安心して仕事に取り組めるきっかけになるのだ。
 また、今回の雇用で大きな手助けになったのが、ハローワークが制作した「特性シート」だ。当事者本人が自己分析して特性を見える化できるので、石﨑さんにとっては山部さんの取扱説明書のような役割を果たした。この一枚の紙が、物事をスムーズにしている。「障がい者さんの場合、特性にあわせて、見える化、単純化、優先順位を決める、などの配慮さえすれば、一緒に働けることに気づきました」。最初は合理的配慮について全く知らなかった石﨑さんだったが、実際の雇用を通して多くの学びを得ていると実感している。

最初の失敗から気づいた障がい者就労の可能性
ハローワークさんが作ってくれた特性シートのおかげで山部さんの特性が理解できた。
理解さえできれば、仕事を特性に合わせる事で、無理なく長く働け、さらにできる事が増えた。

 最初は支援される立場だった山部さんだが、資格を取得し、今では支援する立場で活躍している。例えば企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)の資格を取り、精神障害者手帳を持つ後輩社員や全盲のインターン生のサポート実績がある。その後に農福連携技術支援者育成研修も修了し、より専門的な農業分野の支援を行えるようになった。ハードルの高い運転免許も、教習所や医師と連携して取得でき、社員登用の決め手となった。
 こうした「人が育つ」取り組みが評価され、株式会社しんやさいは、二〇二三年には農福連携等応援コンソーシアム主催の「ノウフク・アワード」で優秀賞を受賞した。
 ちなみに、山部さん自身が支援する側になろうと思ったきっかけは、入院中の経験にある。元々絵を描くのが好きだったが、入院中は気力がなく創作から離れていた。少しずつ回復してきたタイミングで絵を再開すると、同室の患者が山部さんの作品に色を塗り、その共同創作をとても喜んでくれた。この体験が「人を支える立場になりたい」という思いにつながったのだ。困難な経験の中にも、未来への原動力につながる種があった。
 山部さんの絵は、しんやさいでも愛されている。生き生きと描かれた野菜の絵は、ポストカードになっている。他にも、商品POPやレシピ作成なども、彼女の絵の能力を発揮する場となっている。
 石﨑さんは、障がいのあるなしにかかわらず、誰もが他に真似できない得意を持っていると考える。その「特殊能力」を探し当て、農業の世界でどう活かせるか?という視点で人を見るようになってきたと語る。

イラストレーション : 山部 知歩 さん

 しんやさいでは山部さんのようなスタッフのほかにも、特別支援学校や児童養護施設、就労支援施設から農業体験や実習生を受け入れ、さまざまな人が野菜づくりに関わっている。今後は園児から高齢者まで、働きづらさを感じる人など誰もが訪れられる「ユニバーサル農園」を実現したいと考えている。
 現状、農業で安定的に利益を出すのは容易ではなく、すべての人を継続的に受け入れることは難しい。だが将来的には自社で福祉事業を立ち上げ、障がいのある社員が人を育て、施設外就労や実習を通じて地域の農家を支援できる仕組みを構想している。その名も「アートアグリアカデミー」。雨の日はアート、晴れの日は農業を学ぶ場で、学園長は山部さんに任せたいという。
「野菜作りは人づくり。野菜を育てるだけでなく人を育てる事がやりがいにつながってますね。受け入れた人たちが少しずつ成長していく姿を見られるのが、僕の幸せです」石﨑さんは顔をほころばせながら、障がい者とともにつくる未来に思いを馳せた。

( 記事 山本 千珠 )

しんやさいの取り組み

かつての銭湯でランチ&マルシェ

 改装ののち2018年にコミュニティスペースとして運営が開始された京都市南区にある元銭湯九条湯にて、「しんやさい農家メシ」と題して、季節に合わせた創作メニューを提供しています。
 「しんやさい農家メシ」は、もったいないをなんとかしたい!をキーワードに、週に1度、毎週水曜日の11時〜15時の間、しんやさい京都の旬の規格外野菜を有効活用したランチです。野菜を中心にした美味しいメニューなので、ぜひ食べに来てください。
また、毎月第3土曜日に行われている「もったいないマルシェ」でも、しんやさい京都の旬の規格外野菜を販売しています。見た目と味のギャップにビックリしたというお声をいただいています。

式会社しんやさい
しんやさい 畑のオフィス
〒613-0026 京都府久世郡久御山町西一口新道北46

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